花の絵で有名な日本人画家・作家5選|花を描く作家が近現代の表現を紹介

  • URLをコピーしました!

こんにちは。花や庭を描いている佐藤あゆみです。

東北芸術工科大学で絵画を学び、その後、東京の花店でフローリストとして働いた経験を生かしながら、現在はデジタル画やアクリル画で花や庭を描いています。

花は、日本の美術において古くから繰り返し描かれてきたモチーフです。

桜や牡丹のように華やかな花だけでなく、庭に咲く身近な草花や、道端にひっそりと生える雑草にも、多くの作家が美しさを見いだしてきました。

今回は、花の絵で知られる日本人画家と、花や植物を独自の方法で表現してきた現代作家を5名ご紹介します。

取り上げるのは、丸木スマ、三岸節子、堀文子、石本藤雄、須田悦弘です。

日本画や油彩だけでなく、テキスタイル、陶、木彫まで、表現方法の異なる作家を選びました。花や庭を描いている私自身の視点から、それぞれの作品の魅力を考えてみたいと思います。

日本人の「花の作家」といっても、絵画だけではないのですね。

今回は、絵画に加えて布や陶、木彫による花の表現もご紹介します。素材によって異なる花の見え方にも注目してみてください。

目次
ARTIST’S VIEW

Ayumi Sato|花と庭を描くアーティスト

美術大学で絵画を学び、東京の花店でフローリストとして勤務。現在は、花や庭をモチーフにデジタルとアクリルで作品を制作しています。

▶︎作者について見る

1.丸木スマ|73歳から花開いた、生命力あふれる絵の世界

丸木スマの肖像写真(1953年)
丸木スマ、1953年
出典:『アサヒグラフ』1953年12月23日号/朝日新聞社
Wikimedia Commons

丸木スマ(1875–1956)は、広島県の農家に生まれ、70代になってから本格的に絵を描き始めた画家です。

日本画家・丸木位里の母であり、画家の丸木俊は義理の娘にあたります。若い頃に専門的な美術教育を受けたわけではなく、長年、農業や家事、子育てに携わりながら暮らしていました。

転機が訪れたのは晩年です。家族にすすめられて絵筆を持つと、それまでの暮らしの中で親しんできた花や野菜、鳥、猫、犬、虫などを、自由な色彩と構図で次々と描くようになりました。

身近な花や生き物が主役になる絵

丸木スマの作品には、庭や畑に咲く花、実をつける草木、鳥や猫、虫たちなど、暮らしの中で出会った自然が描かれています。

▶︎丸木スマの絵を見る

スマの画面では、人間の目を引く華やかなものだけが主役になるのではありません。小さな虫も、名も知られていない草花も、それぞれが同じように大切な存在として扱われています。

花瓶に生けられた切り花も、静かに置かれた静物には見えません。茎や葉は伸びやかに広がり、花は画面の外まで咲き続けようとしているようです。

画面全体から、生き物同士がにぎやかに語り合っているような、温かな生命力が伝わってきます。

描きたいという気持ちがまっすぐに伝わる

丸木スマの絵は、決まった技法に縛られていないからこそ、「この花を描きたい」「この生き物が愛おしい」という気持ちが、そのまま画面に表れているように感じます。

花を描くとき、目の前の花に心を動かされたこと、その花を残したいと思った気持ちも、作品をつくる大切な力になります。丸木スマの絵を見ると、描くことの原点にある、素直な喜びを思い出させてもらえます。

2.三岸節子|燃えるような色彩で描かれた花

三岸節子《花》
三岸節子
画像:花 文化財オンライン

三岸節子(1905–1999)は、昭和から平成にかけて活躍した日本を代表する女性洋画家の一人です。

夫である画家・三岸好太郎との死別や、戦争、子育て、病気など、さまざまな困難を経験しながら、生涯にわたって絵を描き続けました。

三岸節子の重要なモチーフの一つが花です。

厚い絵具の中から立ち上がる花

三岸節子が描く花は、可憐で穏やかなだけではありません。

▶︎三岸節子の花

厚く塗られた絵具の中から、花が力強く立ち上がってくるように見えます。花瓶に生けられた花にも、厳しい環境の中で懸命に生きる生命のような存在感があります。

最晩年の代表作《さいたさいたさくらがさいた》は、1998年、93歳のときに完成した作品です。満開の桜が画面いっぱいに広がり、70年以上に及ぶ画業の集大成ともいわれています。

タイトルには、花が咲いたことを喜ぶ無邪気な響きがあります。一方で、長い人生を歩み、描き続けた画家だからこそ表現できる、深く力強い喜びも感じられます。

花に宿る「生きようとする力」

私が三岸節子の花に感じるのは、花が生きようとする力です。

花は繊細で、やがて枯れてしまう存在です。しかし、三岸節子の画面では、花は弱々しいものではなく、見る人へ迫ってくるほど強い存在として描かれています。

私自身も花を描くとき、きれいな姿だけでなく、その花が生きている時間や、そこに感じた力を残したいと思っています。

三岸節子の作品からは、美しさと力強さは相反するものではなく、一つの花の中に同時に存在できることを教えられます。

花の絵には、優しく穏やかな作品が多いと思っていました。

三岸節子の花には、見る人を圧倒するような強さがあります。絵具の厚みや色の重なりにも注目してみてください。

3.堀文子|自然を見つめ続けた花の画家

堀文子《幻の花 ブルーポピー》2001年
堀文子《幻の花 ブルーポピー》2001年
画像:一般財団法人堀文子記念館

堀文子(1918–2019)は、花や草木、鳥、昆虫、微生物など、自然界に存在する多様な生命を描き続けた日本画家です。

「花の画家」と呼ばれることもありますが、その作品は花の華やかさだけを表現したものではありません。

堀文子は世界各地を旅し、厳しい自然環境の中で生きる植物を自分の目で観察しました。晩年には顕微鏡を使い、目では捉えられない微生物の世界にも関心を広げています。

《幻の花 ブルーポピー》に描かれた静かな強さ

代表作の一つが《幻の花 ブルーポピー》です。

▶︎《幻の花 ブルーポピー》

堀文子は80代でヒマラヤを訪れ、標高およそ4,500メートルの土地に咲く青いケシと出会いました。過酷な環境の中で孤独に咲く花の姿は、美しいと同時に、静かな強さを感じさせます。

堀文子の作品からは、花を人間の感情の象徴として見るだけでなく、人間とは異なる時間を生きる、一つの生命として見つめる姿勢が伝わってきます。

花が生きる場所まで見つめる

花を美しく整えて描くのではなく、その花がどこに生え、どのように生きているのかまで知ろうとすること。花を描く私にとっても、その観察の深さには学ぶところが多くあります。

4.石本藤雄|布と陶に咲く花

石本藤雄による花をモチーフにした作品
石本藤雄
画像:Mustakivi

石本藤雄(1941–)は、愛媛県砥部町出身のテキスタイルデザイナー、陶芸家です。

1970年にフィンランドへ渡り、1974年から32年間にわたってマリメッコのテキスタイルデザイナーを務めました。その後は、フィンランドの陶器メーカー・アラビアのアート部門でも陶芸作品を制作しています。

石本藤雄は画家ではありませんが、日本人による現代の花の表現を紹介するうえで、ぜひ取り上げたい作家です。

単純化された形に残る花の印象

石本藤雄の作品の源には、フィンランドの森や湖だけでなく、愛媛で過ごした幼少期の風景があります。

▶︎Mustakivi「石本藤雄について」

実家の庭に咲いていた花、田畑、蓮池、身近な草木。そうした記憶の中の自然が、単純化された形と豊かな色彩によって、テキスタイルや陶の作品へと変化しています。

花びらを一枚ずつ写実的に描くのではなく、花を見たときに残る印象やリズムを抽出しているところが大きな魅力です。

陶による花のレリーフには、土ならではの厚みと存在感があります。壁に並べると、花の形をした小さな彫刻であると同時に、空間全体に広がる一つの庭のようにも見えてきます。

▶︎石本藤雄のレリーフ

二つの土地の記憶から生まれる花

私自身も、これまでに実際に見た花や庭の記憶を重ねながら制作しています。そのため、愛媛とフィンランドという二つの土地の自然が、一つの作品の中で結びついているところにとても惹かれます。記憶の中の花は、写真のように細部まで正確に残っているとは限りません。色や形、光の印象だけが強く残っていることもあります。

石本藤雄の作品を見ると、花をそのまま再現しなくても、自分の中に残った感覚を形や色へ置き換えることで、その花らしさを表現できることが分かります。

5.須田悦弘|思いがけない場所に現れる木彫の花

須田悦弘の作品

須田悦弘(1969–)は、本物と見間違えるほど精巧な花や草を木でつくる現代美術家です。

素材には主に朴の木を使い、彫刻した実物大の植物に岩絵具や顔料で色をつけています。

須田悦弘の作品で特徴的なのは、花そのものだけでなく、その展示方法です。

見落としそうな場所に咲く木彫の花

木彫の花は、展示台の中央ではなく、壁の隙間や床の片隅、柱の上など、見落としてしまいそうな場所に置かれます。鑑賞者は作品を探しながら歩き、ふと一輪の花を発見します。

本物の植物だと思って近づくと、それが木から彫り出された作品だと気づく。その瞬間、私たちは花だけでなく、それまで意識していなかった壁や床、光、空間そのものにも目を向けることになります。

華やかな花から名前も知られていない雑草まで、同じ密度で丁寧につくられている点も印象的です。

小さな花を見つける感覚を取り戻す

道端の小さな花を見つけたとき、少し嬉しくなることがあります。須田悦弘の作品は、そのような日常の感覚を、美術館や展示空間の中に生み出しているように思います。

花を描くことや見ることは、目立つものだけを探すことではありません。小さな変化に気づき、立ち止まって見つめることも、花と向き合う大切な時間なのだと思います。

作品を探しながら見ることも、鑑賞体験の一部なのですね。

見つけた瞬間の驚きによって、普段は見過ごしている小さな植物にも意識が向く作品だと思います。

まとめ|日本の近現代作家が見つめた、それぞれの花

今回は、花を表現してきた日本人の画家・作家として、丸木スマ、三岸節子、堀文子、石本藤雄、須田悦弘をご紹介しました。

5人の作品に共通しているのは、花を単なる装飾として扱っていないことです。

暮らしの中の喜び、困難を乗り越える力、厳しい自然の中で生きる姿、故郷の記憶、そして日常の中の小さな発見。それぞれの花には、作家自身の経験や自然に対するまなざしが重ねられています。

私たちの中にも、これまでに見た花や庭、心に残っている風景があるのではないでしょうか。

作品に描かれた花を見ることは、作家の世界に触れると同時に、自分自身の中にある花の記憶をたどることでもあります。

この記事をきっかけに、それぞれの作家の作品を見比べながら、自分の心に残る花を探していただけたら嬉しく思います。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

Ayumi Sato|花と庭を描くアーティスト

東北芸術工科大学で絵画を学び、東京の花店でフローリストとして勤務。現在は、花や庭をモチーフにデジタルとアクリルで作品を制作しています。

目次